水を止める朝
九月の第二水曜日、午前九時。高南通りから桃園川緑道へ入り、西へ歩くと、水のない区間に出た。底に残ったぬれた線を、ほうきが横切る。清掃の日だ。通り抜ける人は歩道をそのまま使えるが、水を眺めるつもりで来た人は、入口の予定表を読み直している。
この春、緑道の一部に地上の流れが戻った。地下の排水施設は残し、その上の公園に浅い循環水路を設けた。川筋の全体を開いたわけではない。狭いところでは流れが床の下へ入り、交差する生活道路を越えた先で、また見える。一本の川を見通す眺めを期待すると、少し違う。
水辺管理室の担当者は、落ち葉を受けるかごを外していた。春の開園直後によくたまったのは、花びらと小さな枝。夏は底の付着物が増えた。いまは落ち葉が多くなり、同じ掃除でも手順を変えている。外したかごは、裏側からもブラシでこする。かごが収まるくぼみには、まだ砂が残っていた。
本の組版をしている三浦は、流れが戻るまで待つつもりだったらしい。この日は開店前の伊藤と、散歩地図の補充について話す約束をしていた。持ってきたパンを鞄にしまい、先に店へ寄ると言う。予定表を携帯で撮り、すぐ先の横道を北へ曲がった。レコード イトウは、水路から二軒目にある。

水路にならなかった場所
清掃している区間の水路は、幅一メートルほど。隣には舗装された通路が続く。植え込みを水際へ寄せた場所もあれば、根を傷めないために水路の方を細くした場所もある。古い舗装と新しいコンクリートの境が、まだはっきり分かる。
三浦が曲がった横道のところでは、水路に蓋がかかっている。店へ運ぶ台車もそこを通る。向こうから自転車を押した人が来ると、三浦はいったん脇へ寄り、地図の束を持ち直した。地図では青い線が点線に変わる短い区間だ。
洋服の直しをしている榎本がよく座るのも、水のすぐそばではない。以前からあったベンチだ。座面は新しくなったが、位置は残った。水際にできた小さな腰掛けは西日が当たり、八月には長く座っていられなかったという。榎本は昼の買い物を済ませると、遠い方のベンチまで戻る。店の袋を置くにも、こちらの座面の方が広い。
ただ、緑が全部そのまま残ったわけではない。水路の脇へ移した低木のうち、夏を越せず植え直した株がある。花壇を世話してきた人の鉢は、通路の幅を確かめながら置き直した。春の写真に写っている鉢と、いまある鉢は、並びが違う。
図は横にスクロールできます。
店頭に増えた散歩の地図
高円寺南のレコード イトウには、緑道の散歩地図が置かれるようになった。三浦が組んだA4判の紙で、水が見える区間と、水のない通り道を分けて載せている。折ると文庫本に挟める大きさになる。伊藤は、盤を買った人の袋にも一枚入れている。
最初の版には火曜定休しか書かなかった。伊藤が店を開けるのは午後一時なので、午前中にシャッターの前まで来た人がいた。二刷目で営業時間を加えた。
店には国内の自主制作盤を置く小さな棚がある。この日は開店前に、三人組のカーブミラーが作った7インチ五枚を受け取る約束になっていた。伊藤は盤と紙袋の角を確かめ、納品書を受け取る。伊藤が売価の欄を指すと、ベース担当は持っていたペンを置き、携帯でほかの二人とのやりとりを確かめた。
散歩地図を見て店へ入った人がレコードを買うことはある。先週の日曜には、家族が川で待っているからと、試聴を途中で切り上げた客もいた。買うかどうかはまた今度、ということで、盤は棚へ戻した。
変わったのは、店を閉めてからの帰り道だという。遠回りをして流れのある区間へ出る日が増えた。毎日ではない。雨の日と、買い取りが遅くまで続いた日は、早く帰る方を選ぶ。

九時に止まる水
水を循環させる設備は、通常は午後九時に止まる。水を落とすのは翌朝の点検や清掃があるときで、毎晩空になるわけではない。流れが止まっても、歩道の照明は残る。
翌週の金曜、伊藤がシャッターを下ろしたのは午後八時四十分だった。袋に入れた二枚の盤を抱え、横道を南へ戻る。客に返す盤で、店で確かめた小さな音が自宅のプレーヤーでも出るか、一度かけてみたいという。
水際の腰掛けで盤の袋を持ち替えていると、買い物帰りの榎本が通った。榎本は春先、自宅の窓へ入る水辺の照明がまぶしいと話していた。夏に向きが変わってからは、薄いカーテンを閉めるだけで済む。ところが今度は水際で落とした鍵を見つけにくかったらしく、足元にだけ灯りが欲しいと言う。
話しているうちに、流れの音が小さくなった。九時だった。伊藤は時間を確かめたが、すぐには立たなかった。榎本に裾直しを頼むズボンを、まだ持っていっていない。来週は持ってくる、と話しながら、盤の袋を脇に寄せた。
再整備前の道を読む
水がなかったころの緑道の写真を見る。道の両側には住宅が迫り、舗装と車止め、植え込みが続く。ここは川の復活を待つ空き地ではなかった。半世紀以上、公園や通り道として使われてきた場所に、水路が加わった。
現実の杉並区の施設案内では、桃園川緑道の開園日は1969年4月1日、長さは東西約1.6キロとされる。中野区の案内には、蓋かけ後の遊び場を経て、1985年から1994年に緑道を整備した経緯がある。川が見えなくなった年と、公園が整った年は同じではない。1 2
2022年の杉並区の広報紙には、花や木の紹介とともに、区間ごとに緑を世話する人に出会ったという記録がある。再整備より前から、沿道の植え込みには世話を続ける人がいた。3

地下の桃園川幹線は排水を担ってきた。地上の循環水路とは別の設備で、浸水対策は地下にも続く。4
午前十一時、水が戻る
清掃のあった水曜日、水が戻ったのは午前十一時を少し過ぎたころだった。最初は底の浅い筋をたどり、しばらくして幅がそろう。担当者は一度、上流側へ戻ってから、また同じかごのところへ来た。取り切れなかった葉が数枚、流れに乗っていた。
三浦は店にいた。納品書を書き直しているベース担当の横で、散歩地図の残りを数えていた。伊藤は届いた盤をかけたが、三浦は下を向いたまま紙の角を揃えている。ベース担当が一度、三浦の顔を見た。
三浦が水辺へ戻るころには、昼休みの人が通っていた。腰掛けには先客がいて、三浦は榎本が使う古いベンチの方へ行った。買ってきたパンの袋を開ける。そこから水面はほとんど見えないが、水が曲がるところで音がする。
帰りに伊藤から連絡が入った。地図の残りは思っていたより少なく、裏の箱にあったのは前の版だったという。三浦は来週持っていくと返した。次は、午後九時で流れが止まることも書き足すつもりでいる。
現実の資料と、作中の設定
2026年春の再整備、その後の運用、店舗、人物、出来事はすべて創作です。以下は現実の桃園川の歴史・遊歩道・排水施設を確認した資料であり、作中の再活用事業の実施を裏付ける資料ではありません。
- 杉並区・桃園川緑道 — 現実の公園の範囲と開園日。
- 中野区・桃園川緑道 — 河川改修、蓋かけ、緑道整備の経緯。
- みどりとひと 第177号 — 2022年1月20日、2・6ページ。植物と世話の記録。
- 中野区豪雨対策実施計画(2018年) — 現実の河川・下水道の浸水対策。
現実の実写は再活用以前の景観を考える資料として掲載し、架空の再整備後の場面は生成画像で表しています。

