高円寺と、そのとなりの街。
実在の街を舞台にした架空の雑誌

この雑誌について
ホーム/写真と街歩き

写真と街歩き実写の記録資料

再活用前の緑道
記録写真でたどる桃園川

2008年から2024年まで。水辺ができる以前の道を、撮影年と場所の異なる実写から読む。

今号の再活用後の街はフィクションです。このページには現実に撮影された写真を掲載し、作中の再活用以前の景観を考える資料として扱います。

この記事の目次2009年・旧馬橋2008年・緑道の植栽2023年・慈眼堂橋跡付近2024年・夜の通り道

2009年・旧馬橋

石には旧馬橋と桃園川緑道の文字が刻まれている。水面は写っていない。足元は舗装され、マンホールがある。阿佐谷南で撮られた一枚だ。川をまたぐ構造がなくなっても、橋の名前は道に残っていた。

旧馬橋は阿佐谷南の写真。後に掲載する慈眼堂橋跡付近は、それより東、中野区中央にある。中野区の施設案内にも、緑道の各所に以前の橋名が残ると記されている。

阿佐谷南、旧馬橋の石標。2009年
現実の記録写真/阿佐谷南、2009年。Kamemaru2000撮影。 写真の出典

2008年・緑道の植栽

道の両側から枝や葉が伸びている。中央は舗装され、奥へ歩いて通り抜けられる。新しく並べた同じ背丈の苗ではない。手が入る場所と、枝が伸びた場所が、一つの写真の中にある。

歩道へせり出す枝の下にも、通り抜ける幅が残っている。2022年の広報紙は、この緑道を花や木に沿って紹介していた。水面がなくても、季節によって見るものが変わる道だった。

2008年、植栽に囲まれた桃園川緑道
現実の記録写真/2008年6月、Tyoron2撮影。 写真の出典

2023年・慈眼堂橋跡付近

中野区中央の慈眼堂橋跡付近から東を向いた写真。道の両側には住宅があり、植え込みの縁はれんが積み、入口には車止めが置かれている。水を流すために自由に使える空間が広がっていたわけではない。

写真の手前には二つの車止め、その奥にはまっすぐな通路が伸びる。家の窓、植え込み、通る人の距離が近い。特集に掲載した再活用後の生成画像の原写真でもある。

2023年の慈眼堂橋跡付近。再整備後の生成画像の参照写真
現実の記録写真/中野区中央、2023年10月1日。鋸香具師撮影。 写真の出典

2024年・夜の通り道

街灯の下では舗装の目地が見え、奥へ行くほど植え込みと道の境が暗くなる。水路のないころから、緑道には夜の帰り道としての使われ方があった。

写真の奥にまで灯りが続く。昼間の植栽の写真と並べると、道の中央がはっきり見える一方、両側の木や建物は暗がりに沈む。撮影区間は特定できていない。

夜の桃園川緑道、2024年の実写
現実の記録写真/2024年8月18日、経済特区撮影。撮影区間は未特定。 写真の出典

写真と資料

区間と歴史は杉並区・中野区の施設案内を参照。各写真の作者、撮影年、ライセンスは写真の出典一覧に掲載。

再活用後の街を描く創作特集水が戻った桃園川を歩く →