高円寺と、そのとなりの街。
実在の街を舞台にした架空の雑誌

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桃園川特集再活用後の街を描く創作記事

水が戻った桃園川を歩く

再整備から半年。水路の掃除、夜の帰り道、レコード店の小さな変化。開園の日には見えなかった、緑道の使われ方をたどる。

この特集の舞台は、2026年春に桃園川緑道の一部が水辺として再活用された、架空の高円寺・中野です。現実に完成した事業の報道ではありません。

再活用後を描いた架空の桃園川緑道。植栽を残した通路の脇に細い水路が流れている
作中の再整備後の緑道。現実の2023年の慈眼堂橋跡付近の写真をもとにした生成画像。原写真・加工・利用条件

水を止める朝

九月の第二水曜日の午前九時、桃園川の細い水路には水がなかった。底に残ったぬれた線を、ほうきが横切る。清掃の日だ。通り抜ける人は歩道をそのまま使えるが、水を眺めるつもりで来た人は、入口の予定表を読み直している。

この春、緑道の一部に地上の流れが戻った。地下の排水施設は残し、その上の公園に浅い循環水路を設けた。川筋の全体を開いたわけではない。狭いところでは流れが床の下へ入り、交差する生活道路を越えた先で、また見える。一本の川を見通す眺めを期待すると、少し違う。

水辺管理室の担当者は、落ち葉を受けるかごを外していた。春の開園直後によくたまったのは、花びらと小さな枝。夏は底の付着物が増えた。いまは落ち葉が多くなり、同じ掃除でも手順を変えている。点検表の欄外には、日付と、水を戻した時刻が書き足されていた。

本の組版をしている三浦は、流れが戻るまで待つつもりだったらしい。この日は開店前の伊藤と、散歩地図の補充について話す約束をしていた。持ってきたパンを鞄にしまい、先に店へ寄ると言う。開園前から水辺を楽しみにしていた一人だが、休止日を全部覚えているわけではない。入口の予定表を携帯で撮ってから歩き出した。

水路にならなかった場所

水路の幅は、広いところでも人が一人寝そべるほどだ。隣には舗装された通路が続く。植え込みを水際へ寄せた場所もあれば、根を傷めないために水路の方を細くした場所もある。古い舗装と新しいコンクリートの境が、まだはっきり分かる。

三浦が以前描いていた図では、水路はもっと長く、まっすぐだった。できた道を歩くと、図から消えた部分の方が気になるという。家や横道へ出入りするための幅、地下の施設を点検する場所、木の根が張っているところ。そこで水が見えなくなる。三浦は完成前には残念に思っていたが、いまはその広い部分で、人とすれ違うことが多い。

洋服の直しをしている榎本がよく座るのも、水のすぐそばではない。以前からあったベンチだ。座面は新しくなったが、位置は残った。水際にできた小さな腰掛けは西日が当たり、八月には長く座っていられなかったという。近くの木を残したことの方が、榎本には大きかった。

ただ、緑が全部そのまま残ったわけではない。水路の脇へ移した低木のうち、夏を越せず植え直した株がある。花壇を世話してきた人の鉢は、通路の幅を確かめながら置き直した。春の写真に写っている鉢と、いまある鉢は、並びが違う。

店頭に増えた散歩の地図

高円寺南のレコード イトウには、緑道の散歩地図が置かれるようになった。三浦が組んだA4判の紙で、水が見える区間と、水のない通り道を分けて載せている。店主の伊藤にとって大切なのは、散歩の帰りに寄れる店として、自分の店の場所が正しく載っていることだ。

最初の版には火曜定休しか書かなかった。伊藤が店を開けるのは午後一時なので、午前中にシャッターの前まで来た人がいた。二刷目で営業時間を加えた。地図の余白に何を入れるかを話したときは、レコードの棚を増やしたいので、散歩の案内はこれ以上広げないとも決めた。

店には国内の自主制作盤を置く小さな棚がある。この日は開店前に、三人組のカーブミラーが作った7インチ五枚を受け取る約束になっていた。伊藤は盤と紙袋の角を確かめ、納品書を受け取る。委託盤の仕事は、水辺ができても変わらない。枚数、値段、精算する時期を決めてから棚へ出す。

散歩地図を見て店へ入った人がレコードを買うことはある。ただ、伊藤は水辺のおかげで売れた枚数を数えていない。いつもの客が、ついでに川を見て帰ることもあるからだ。日曜に買い取りの箱と散歩の人が重なったときは、入口が狭くなり、地図の台を奥へ移した。

変わったのは、店を閉めてからの帰り道だという。遠回りをして流れのある区間へ出る日が増えた。毎日ではない。雨の日と、買い取りが遅くまで続いた日は、早く帰る方を選ぶ。

架空のレコード イトウのカウンター。委託盤の束と納品書、検盤用のプレーヤー
レコード イトウの店内を描いた生成画像。店舗、盤、納品書は架空の設定。委託棚の店案内へ

九時に止まる水

水を循環させる設備は、通常は午後九時に止まる。水を落とすのは翌朝の点検や清掃があるときで、毎晩空になるわけではない。流れが止まっても、歩道の照明は残る。夜の道として使われてきた場所なので、水景を見せる時間と、通れる時間は分けられている。

開園したころ、伊藤は閉店後でも流れを見られると思っていた。午後八時に店を閉めても、片付けが済むころには九時を回る日がある。三浦が日中に見ている川と、自分の川は少し違う、と言う。

榎本は、水路に面した窓の明るさが気になっていた。夏に照明の向きを直した箇所があり、今は以前よりまぶしさが減った。ただ、灯りが弱くなったところへ来ると、足元はよく見たいとも思う。日没が早くなる秋の使われ方は、これから確かめることになる。

作業をしていた担当者に夜のことを尋ねると、清掃の時間にはその様子を見られないと言った。夕方の担当へ話を渡すことはできるが、自分が見たことと、引き継いだ話は分けている。点検表とは別の帳面に、場所を書いてもらった。

再整備前の道を読む

水がなかったころの緑道の写真を見る。道の両側には住宅が迫り、舗装と車止め、植え込みが続く。ここは川の復活を待つ空き地ではなかった。半世紀以上、公園や通り道として使われてきた場所に、水路が加わった。

現実の杉並区の施設案内では、桃園川緑道の開園日は1969年4月1日、長さは東西約1.6キロとされる。中野区の案内には、蓋かけ後の遊び場を経て、1985年から1994年に緑道を整備した経緯がある。川が見えなくなった年と、公園が整った年は同じではない。1 2

2022年の杉並区の広報紙には、花や木の紹介とともに、区間ごとに緑を世話する人に出会ったという記録がある。いまの水辺を描くときにも、その仕事をなかったことにはできない。3

再活用前の景観の参照資料。現実の2023年、慈眼堂橋跡付近の桃園川緑道
再活用以前を知るための資料現実の2023年10月1日、中野区中央・慈眼堂橋跡付近。鋸香具師撮影。この実写をもとに、冒頭の架空の再整備後の画像を制作した。原写真

この特集の地上の水路は、地下の下水幹線を開けたものではない。現実の桃園川幹線が排水を担うことを前提に、作中では別の循環設備を置く設定にしている。水景ができたことと、流域の浸水への備えが済んだことは分けて扱う。4

最初の秋を迎える

午前十一時を少し過ぎて、水が戻った。最初は底の浅い筋をたどり、しばらくして幅がそろう。担当者は一度、上流側へ戻ってから、また同じかごのところへ来た。取り切れなかった葉が数枚、流れに乗っていた。

三浦は店にいた。納品書を書き直しているベース担当の横で、散歩地図の残りを数えていた。持ち帰ってもらう紙には休止予定のページへ進む案内があるが、その場で日付が分かる方がいいと言う。伊藤は、毎月差し替えるなら古いものも持って帰ってほしいと答えた。

三浦が水辺へ戻るころには、昼休みの人が通っていた。腰掛けには先客がいて、三浦は榎本が使う古いベンチの方へ行った。買ってきたパンの袋を開ける。そこから水面はほとんど見えないが、水が曲がるところで音がする。

帰りに伊藤から連絡が入った。地図の残りは思っていたより少なく、裏の箱にあったのは前の版だったという。三浦は来週持っていくと返した。次は、午後九時で流れが止まることも書き足すつもりでいる。

現実の資料と、作中の設定

2026年春の再整備、その後の運用、店舗、人物、出来事はすべて創作です。以下は現実の桃園川の歴史・遊歩道・排水施設を確認した資料であり、作中の再活用事業の実施を裏付ける資料ではありません。

  1. 杉並区・桃園川緑道 — 現実の公園の範囲と開園日。
  2. 中野区・桃園川緑道 — 河川改修、蓋かけ、緑道整備の経緯。
  3. みどりとひと 第177号 — 2022年1月20日、2・6ページ。植物と世話の記録。
  4. 中野区豪雨対策実施計画(2018年) — 現実の河川・下水道の浸水対策。

現実の実写は再活用以前の景観を考える資料として掲載し、架空の再整備後の場面は生成画像で表しています。