五枚を預かる
九月の水曜日、開店前のレコード イトウに、カーブミラーのベース担当が来た。持ってきたのは初めて作った7インチ盤五枚。三人組で、歌とギター、ベース、ドラム。納品書にはバンド名、作品名、枚数、売価を書いた。最初の一枚には、連絡先を書き忘れていた。
この店で取り決めた売価は1,650円、売れた一枚につき作り手へ1,100円を戻す。精算は翌月の来店時。売れなければ返却し、追加で預かるかは、その時の棚を見て決める。
伊藤は、ライブで手売りする値段も確認した。会場の方が安いなら、店で買う人にも分かるようにしておきたい。ベース担当は、送料や遠くの客のことまではまだ考えていなかった。次の練習で相談する、と言って納品書の余白に書いた。
委託棚は入口のすぐ横にある。見やすいが、日が差す時間があるため、表に飾るのは見本だけだ。売る盤は棚の下にしまってある。ジャケットがいいから正面に並べたい作り手と、退色させたくない店主。その話は、置き場所が決まってからも続いた。
七坪、二台のプレーヤー
レコード イトウは、高円寺南の商店街から一本入ったところにある。間口は狭く、奥に長い。入口の右が新入荷、左が国内盤。奥へ進むにつれて区切りの札が細かくなるが、店主の伊藤に聞いた方が早い棚もある。七坪ほどのうち、客が歩ける場所は思ったより少ない。
カウンターにプレーヤーが二台ある。一台は店内で流すため、もう一台は盤の確認用だ。客が試聴したいと言ったときにも使う。伊藤は盤の端とレーベルを持ち、照明に角度をつけて見る。外袋の値札には盤とジャケットの状態を分けて書く。見た目で決めきれない傷は、その箇所を再生する。
状態を示す記号の横に、B面の頭で小さな音が三回、と書き添える。傷が見えることと、再生したときにどれほど気になるかは、同じではない。この日、値札まで付いたのは八枚。買い取りの箱は、まだカウンターの下に二つ残っていた。
長く在庫にある盤の値札は、角が少し丸くなっている。伊藤はそれを毎週値下げするわけではない。店頭では動かなくても、通販で探されるものがある。反対に、誰も知らない小さな盤が、店で流した日に売れることもある。
今号の一枚:カーブミラー『西口まで』
カーブミラー
西口まで自主制作盤 CM–001- A
- 西口まで 3:42
- B
- 七分遅れ 2:58
- 曲目
- A 西口まで(3:42)
B 七分遅れ(2:58) - 仕様
- 7インチ/45回転/CM–001
- 装丁
- 青と朱の二色刷り。歌詞カード一枚。
- 設定価格
- 1,650円(税込)
三人は仕事のあと、隔週の木曜に二時間だけ集まる。A面の仮録音を聴くと、歌の後ろでベースが動きすぎていた。次の練習で音を減らしたら、ギター担当には前の方がよかったと言われた。盤に入れたのは、二番に入る直前だけ、動きを残した版だ。
A面は短いギターの刻みから始まる。歌が入ってもギターは同じ形を繰り返し、ベースは低い音で支える。二番の直前だけ、ベースが先に次の音へ移る。伊藤はその箇所をもう一度かけた。
B面は、録音の始まりに小さく数を数える声が入っている。その声より大きなドラムが来るので、伊藤は店でかけるときに少し音量を下げる。
ジャケットの紙は薄い。袋の底に盤の形が出るので、厚い内袋を足すことになった。店で散歩地図を補充していた、組版の仕事をする三浦は、表の版ずれを気に入っている。ベース担当は、それより曲を聴いてほしいと言う。※音源・バンドともに創作です。試聴音源はありません。
別の一枚を返す日
金曜には、別の作り手の7インチが一枚、棚から下ろされた。ドラムマシンにクラリネットを重ねた二曲入りで、三か月預かって売れなかったものだ。伊藤は袋を新しいものに替え、納品書と一緒に作り手へ戻す。A面は針を落として一分ほど、ほぼ同じリズムが続く。伊藤は管の音が入るところから薦めることもあったが、そこだけ聴かせるのは違う、と作り手に言われた。
その作者は、次はライブ会場で売ってみると言った。伊藤はうなずき、次の作品ができたら聴かせてほしいと伝えた。伊藤が好きだったのは二曲目で、終わり際に機械のリズムだけが止まり、吹いている息が残る。返す前にもう一度聴こうとしたが、作り手は次の約束があるらしく、盤を鞄へしまった。
カーブミラーの盤は、その週に二枚売れた。一枚はいつもの客、もう一枚はジャケットを見て手に取った人だった。作り手はどちらの話もうれしそうに聞き、試聴用の一枚を置いていった。棚が一段埋まったので、伊藤は桃園川の散歩地図を少し横へ寄せた。
制作上の参照資料
盤とジャケットを分けて状態を記す考え方は、Discogsの状態評価ガイドを参照しています。店の取引条件・価格・運用は本作独自の架空設定です。
